神鍋高原の歴史と自然を考えるシンポジウムの報告
「神鍋山野草を愛でる会」案内人の泉さんから、このブログでも紹介した「神鍋高原の歴史と自然を考えるシンポジウム」の報告が届きました。
●23日神鍋高原の歴史と自然を考えるシンポジューム報告●
60名の参加がありました。
<神鍋高原の歴史から何を学ぶか 水嶋 元>
西気地区集落の神社には巨木が沢山あり戦国時代に翻弄されずに、農耕民族として平和に暮らしてきたが、大正末期にスキーが導入されその経済効果が大きすぎたために衰退
後の後遺症から抜け切れていない。
あまりにも金儲け中心になりすぎていて別荘に来る人の意見やこの地から出た有名人から意見を聞き学ぶことが良い。
自然環境の豊かさ 水、雪、植物を生かしたおもてなしが力になる。
<阿瀬 金山村の最後の住民の記憶 富山 利一>
戦後9家族が残り 炭焼きと狩猟で生活をしていた。
昭和30年村総出の労力と技術、資材は関電が提供で電気が完成した。
昼夜とわず電気は付けっぱなしで内外明々として別世界のようで、NHKテレビが寄付されて娯楽を楽しんだ。
離村の決断は子供の教育問題が大きく影響したと語られ、富山様の話は涙なしには聞かれませんでした。
<神鍋高原の森や山野草を観察して
鹿、猪被害からどう対処するか 泉 鐘八郎 >
2014年13回阿瀬渓谷を観察して トリカブト、ザゼンソウが絶滅していく姿を見届けた報告。
蘇武、三川山でも同じ被害広がる。
鹿が食べない植物を、このまま放置すると山には10種程度の山野草に限定される危機をフッキソウから報告。
最後に緊急に行動に移す提言。
①各集落3人以上の鹿捕獲隊を結成、自らの村は住民で守る
ワナによる捕獲が一番効率が良い。
②兵庫で一番の自然環境を生かした観光資源を生み出す
③鹿流通ルートの確立をする
④県、市、猟友会と一緒になって出来る集落から立ち上がる
ピンチをチャンスにし地域活性化の起爆剤にし但馬の
手本になるような取り組みを始めようと訴える。
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